一目で分かる非破壊検査

薬は効かないから、もうやめちゃいましょうという話になっているのですが、この前提には、この薬をやめても患者さんの容体は変わらず三八度の熱ですむだろうという思い込みがあるのです。 薬をやめたら、今度は三八度以上の高熱にうなされ死に至ることだってあるのです。
どういう試算かといいますと、一九九○年をスターティング・ポイントにして、九一年からもしも日本政府が財政政策の六五兆円を使わず、大蔵省がいつも要求しているように中立財政を維持してきたら、日本経済はどうなっていたかという試算です。 九○年をスターティング・ポイントにしたのは、この年の財政は均衡していたからです。
そこから毎年、実際に計上された税収の金額がありますが、その税収と同じ金額だけ政府支出をやってきたら、財政政策は経済に対して中立になります。 実際の税収に合わせて政府が支出を決めていたら、九六年度のGDPは四三三兆円になります。
この四三三兆円が財政政策を打たなかった場合のGDPになりますが、今我々が実際に体験しているGDPよりも、まるまる四五兆円も下ということになります。 この四五兆円という数字は、いったいどれくらいの数字でしょう。
九七年の四月に上がった消費税を全部足しても五兆円です。 四五兆円という額は、その九倍の破壊力があるということなのです。

こうして検証してみると、財政政策のなかった場合、今ごろどんな事態になっているかお分かりいただけると思います。 想像もしたくないような世界になるわけで、財政政策はこの間、そうならないようにずっと支えてきたのです。
しかも九六年度で四五兆円、九五年度も四○兆円とずっと下支えしてきているのです。 この五年間、九一年から九六年度まで財政政策が支えた経済活動の累積を計算しますと、一五○兆円を超えます。
財政政策で六五兆円を使ったといっても、一五○兆円の経済活動を維持してきたわけで、これがなかったら、今ごろ我々はどの辺に落ち込んでいるのか考えてみるだけでも恐ろしい話になります。 お気づきになった方もおられると思いますが、この試算は極めて楽観的な試算であります。
先ほど申しましたように、実際に計上された税収を使っているのですが、実際の税収というのは財政政策の六五兆円の結果でもあるわけです。 この五年間、財政はずっと出ていましたから、例えばゼネコンに財政のお金が回った場合、ゼネコンも一部税金を払って、従業員には給料を払います。
従業員も、その給料から政府に所得税を払います。 その結果、ある程度の税金が政府に集まってきます。
この財政政策による税収も税収として計上して試算しているのです。 財政政策による税収を除いてしまえば、政府の支出はもっと少ない試算になります。
ということは、もしも本当に税収に合わせて支出を抑えようということになりますと、支出を抑えることで、さらに税収は減る。 それに合わせてもう一回支出を減らそうとすると、税収が減る。
この縮小の繰り返しで、GDPは雪だるま式に減少していきます。 財政政策をやった場合とやらない場合の差は、おそらくこの四五兆円をはるかに超え、七まさに大恐慌シナリオそのものです。

もしも四五兆円の部分が七○兆円、一○○兆円になったら、累積で失われる生産と所得はそれこそ三○○兆円とか五○○兆円とかいう金額になります。 その最悪の事態を回避してきたのが、財政政策だったのです。
財政政策という薬はたしかにたくさん投入したのに、まだ患者さんは全治していません。 けれども効かなかったわけではなくて、恐ろしいほど効いていたのです。
やめてしまえば、今度は三八度を超え、四十数度の高熱が出てくるはずです。 そうならないために、唯一効いていた薬が財政政策だったということであります。
先ほどから何回もお話ししましたように、金融政策は全然効いていません。 しかもこの間、資産価格は下がり、巨額の銀行の不良債権問題が発生しました。
これほどいろいろな問題がある中で、日本経済が大恐慌に落ち込まず、まだここまでやってこられたのは、全部財政政策があったからなのです。 その意味では、今のマスコミの論調はまったくでたらめなのです。
日本経済の問題の一つは、この財政に対する間違った認識です。 この間違った認識によって、財政政策は要らないという世論になってしまっているのです。
あれだけ効いていた財政政策を続けておけば、今のような危機的な状況になる理由はないわけで、マスコミに押されたこともあって切ったものですから、事態は深刻化したのです。 では、どうしてこんな重大な政策ミスをしてしまったのでしょうか。
何が日本の世論を財政出動から一転、財政再建に向けて動かしてしまったのか。 私も非常に大きな疑問でした。
なにしろ先ほど申しましたように選挙の前は、自民党は大型補正予算、野党のほうも一八兆円減税ですから、一応与野党ともに財政出動の話をしていたのです。 ところが選挙が終わって、何週間もしないうちに、話は全部逆になってしまいました。
今一番重要なのは、日本の財政再建みたいな話になってしまったのです。 普通、自民党が財政再建と言うなら、野党が財政出動だと言うはずです。

選挙後は政党一つを除いて全部財政再建なのです。 なぜこんな事態になってしまったのだろうか、私なりに調べてみましたところ、どうもこういうことのようです。
大蔵省というのは、いつも財政再建について騒いでいます。 大蔵省の方々は、このグラフを持ってきて、「ここを見てください、先生方。
今の日本の財政赤字は、G7の中で最悪なのですよ。 イタリアを抜いて今最悪なのですよ。
イタリアよりも悪くていいのですか」とやったのです。 どうも日本の政治家ですとか、マスコミの偉い方は、日本について「アメリカより劣る」ともう我慢できないようです。
「日本はイタリアよりだめだ」と言われると何かカチンとくるらしいのです。 コミがキャンペーンを張り、あっというまに財政出動から財政再建のほうに日本中が向かってしまったのです。
私は、この話を聞きまして、本当に残念だなと思った点があります。 たしかにGDP比で見た財政赤字については、今日本はイタリアを抜いてG7中、最悪であります。
でもこの財政赤字が日本経済にとって実際どれくらい悪なのかは、マーケットに聞かなくては分からない話です。 マーケットというのは長期金利であります。
長期金利で、イタリアはここ何年間、G7の中で一番高い長期金利でした。 最近は景気のよいイギリスに抜かれている時期も出ていますが、一時イタリアの長期金利は二ケタもあったのです。
一方の日本は、G7の中で一番低い長期金利でした。 一番低いどころか、人類史上最低水準であります。

この対照的な金利は何を意味するのか。 経済の心電図であるマーケットが、明らかに日本とイタリアに対して違う政策をとってください、というシグナルを出しているということなのです。
イタリアのように金利が高いということは、まず民間の資金需要があるということです。 お金を借りたい人がたくさんいるから金利が高いわけで、そこにはもう一つインフレ懸念があります。
インフレになると思ったら、高い金利でないとお金を貸してもらえません。 インフレでは資産が目減りしますから、その分を計算に入れた金利になるのです。

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